サステナビリティ

 以前にも最近の日本における経済活動のキーワードとして、サスティナビリティという言葉をよく聞くと申し上げました。

 あらためて紹介すると直訳すると持続可能性という意味に集約されますが、長きに渡って広く環境・社会・経済の3つの観点からこの世の中を持続可能にしていくという考え方のことを言います。その中でも特に、企業が事業活動を通じて環境・社会・経済に与える影響を考慮し、長期的な企業戦略を立てていく取組は、コーポレート・サステナビリティと呼ばれています。

 

 ファッションにおいても、大量生産や大量消費の考え方から、地球環境にやさしい素材や原料を用いたファッションに注目されています。また素材だけではなく、生産する側の人間も発展途上国の人たちの雇用機会を創出するなど工夫をされています。

 なんとなく、大企業や大きな世の中の流れのようですが、私たち個人が経済活動の中で実行できることもあります。ここでは自分自身が意識して行っていることを紹介します。なんとなく、ファイナンシャル・プランニングというと、できるだけ消費を抑えけちけち生活をしながら将来に向けてためていきましょう。的な考え方をするかたも多いかと思います。だからブランド品などの高級なものの購入を抑えてできるだけ質素に安い商品を買いましょうということはありません。

 名古屋出身で名古屋の比較的富裕層の家庭の良く躾けられた女性の友達も多く、彼女たちの持ち物はロレックスなどの高級ブランド品でそろえられていました。ただ、親御さんからのおさがりで古い高級ブランドの時計などをメンテナンスしながら使っていたり、少々節約しながら奮発して自分で買ったりと人によりさまざまでした。ただ共通して言えるのは、きちっとメンテナンスしながら長く大切に使っている印象がありました。私はいわゆる一般的な家庭に育ったので、結構大量消費、大量生産の安い服や持ち物だったのですが、当時の女性の友人から言われた言葉が今でも心に残っています。『買うときは少し高くても、10年20年の期間で使うと考えれば、1-2年で買いなおすより経済的だよ』と言われ、当時はあまり素直でなかったので、それはあなたがお嬢だからでしょ。くらいに斜に構えていたと思います。最近、自分自身の年齢を重ね気づいたことは、一般的に品質がよいという評価を受けている伝統的なブランドは、メンテナンスをしながらも非常に長持ちするといったことにやっと気づきました。長く自分の持ち物として活躍し続けているブランドは、思い返せばあの時結構無理して買ったなと思うものが実際多いです。あとは、自分の父親の形見などの古いオメガの時計なども(多分70年代)未だに日常使いしても正確に時を刻みます。多分形見と思っているから意識して大切に使っているということもあるのではないでしょうか。またいいものを長く使うことで壊れて廃棄することも少なくなり、なんとなくロハスに貢献しているような自己満足もあります。

 投資価値として考えても、例えばロレックスの時計などは買った時よりも値段が上がっているものもあります。車なども中古車市場でなかなか値下がりしなかったり、逆に上がったりする車もあります。不動産もしかりです。一般的に物の値段は生産されてから日がたつにつれ、価値が下がっていくと考えられます。企業会計においても建物、車、機械など、高額で、数年間使い続けることが可能な物件を購入した場合には、会社が保有する財産として一旦資産に計上され、毎年や月々使用した分だけ、つまり使用することによって価値が低下したと考えられる額を費用に計上し、同額を資産から除去していきます。このような会計上の処理を減価償却といいます。一般的に価値が下がる中で、モデルや状態によっては価値が上がるものも実際にあります。また資産価値として考えれば、為替や経済・人気などでも変動するので、好きなら少々頑張って大切に使ってみるのもいいかと思います。

 

 そして何よりも、自分自身のモチベーションや営業としてそれなりのステータスの社長との話題作りのためであれば、お金に換算できない価値があるのも事実です。昨日同年代の企業の社長と話をしているとき、これからの日本のかじ取りをする年代はいわゆる団塊ジュニアの世代が人口的にも圧倒的に割合が多くなってくるそうでした。私たち団塊ジュニア世代の古き良き営業スタイルの一つとして、社長や経営者層とあえて同じ持ち物を持つ(例えば、モンブランの筆記用具や時計など)ことも話題づくりのために必要だと育てられました。いい悪いは別として、クライアントとの関係もサスティナブルな関係を構築するなら、全否定はしないで一つ取り入れているのも手です。私自身、先日取引先の若い担当者の方が全く同じParkerのボールペンを偶然持っていました。決して贔屓をしていこうとは思いませんでしたが、その話をされ決して悪い気分にはなりませんでした。

 

つづく。